誕生日と余韻

夏ももう終わりですね。
日中の気温はまだまだ真夏ですが、日が沈むのが早くなって、風の匂いはすっかり秋です。
この前、32歳の誕生日でした。
せっかくの誕生日なので、友達と温泉に行って、サウナで整った後にオロポ

左がオロポで右が30円くらい安いジェネリックオロポ。やっぱオリジナルオロポの方がウマい。
辛味噌ラーメン

整いルームでオセロ。

自分が勝ちました。
KFCを買って、公園で手持ち花火で遊ぶ。

本当に懐かしい。
手持ち花火なんて9年ぶり。あの頃の夏を思い出す。

花火に火をつけて、わずか十秒ほどで燃え尽きていく光を眺めていると、夏そのものの儚さを感じる。
夏祭りってたったの数時間なのにどうしてあんなにも心が弾むのだろう――そんな疑問が浮かんだ。
夏祭り当日。日が沈む前からすでに胸は高鳴り、待ちきれずショッピングモールで時間をつぶす。混雑を避けて電車に乗り、会場に着けば場所取りをする。その時点で、もう何時間も楽しい時間を過ごしている。
やがて花火が始まると、飲み物や食べ物を買いに走り、行列に並びながら花火を見逃してしまうこともしばしば。はぐれた仲間を探して右往左往し、ようやく戻った席から夜空を仰ぐ。その間にも、花火はあっという間に終わりを迎えてしまう。
祭りの終幕とともに、会場を後にする人々の足取りはどこか名残惜しく、それでいて早い。
ふと気づく。自分が求めているのは「花火そのもの」ではなく、「その場の空気や時間」だったのだと。打ち上げられる光の一瞬よりも、その前後に広がる高揚感や、終わった後の余韻こそが本質なのだと思った。
余韻をどう味わうかで、その楽しさの深さが決まる。
それは人生もそうなんだと思った。
スーパーで買った299円の花火だったけど、ものすごく楽しい時間だった。
誕生日、雲一つない満月の空、輝く花火。
手持ちでも迫力のある花火はたくさんあるけれど、
結局、線香花火が一番きれいだった。
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